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モノフォニーコンソート
九州大学大学院芸術工学研究院
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高橋アキのピアノにより、「Falling Scale no.1,2,3」や「遊星の民話」など全五曲のピアノ曲が収録されている。

ニューヨークのフリー系の打楽器奏者、ミーハンと津軽三味線奏者、佐藤ミチヒロとともに行なった即興セッションのCD。ここでは、コンピュータが即興のためのツールとなっている。

ギャラリー日鉱で行なわれた植物を介在させたサウンド・インスタレーションの記録CD。

「プラントロン」という装置を援用しながら、植物を介在させたサウンド・インスタレーション(アートフォーラム谷中)の記録としてリリースされた。ここでは、「プラントロン」という装置が援用されている。

ネイティヴ・アメリカンのナバホ族の儀礼歌に基づく劇場作品(国立劇場委嘱)と、聲明の歌唱とリアルタイムに制御されるコンピュータとがインターラクティヴに絡みあう即興的な作品の二つがおさめられている。

「プラントロン」という装置によって取り出された植物の電位 変化のデータに基づく「植物文様」のシリーズから六つの曲集がおさめられている。これらの曲集では、ピタゴラス音律や拡張された純正調、ヴェルクマイスター法(ウェル・テンペラメント)などといった独特の調律法が採用され、箏や笙、ハープシコード、ヴィオラ・ダ・ガンバや中国の古代楽器である瑟を含んだ編成によって演奏されている。

箏奏者、西陽子をフィーチャーしたこのアルバムでは、《植物文様》のシリーズから箏のために作曲された五つの曲集がおさめられている。これらの曲集を通 して、純正調によって調弦された箏がもつ可能性が明らかにされている。また、笙という楽器にも純正調による特異な調律が施され、日本の伝統楽器に対する実験的なアプローチが試みられている。

楽譜出版とともにリリースされたアルバム。柴野さつきのピアノにより、《植物文様》シリーズから五つの曲集がおさめられている。古典調律のひとつ、ヴェルクマイスター第三法が採用されており、この調律法によって、響きの多様性と独特な音調が醸し出されている。

神奈川芸術文化財団委嘱の「響きの交唱」と「植物文様」から「ソングブック」のシリーズが収録されている。

砂原悟が弾くクラヴィコードCD。「植物の声」がうめこまれた《植物文様》。バッハの時代の鍵盤楽器、クラヴィコードによって《植物文様》は「フラジャイルな響きの綴れ織り」に変容する
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TZADIKからの第二弾CD。2007年10月の自由学園明日館「モノフォニー・コンソート」公演での笙や筝、ヴァイオリン演奏によるライブ録音盤。無伴奏ヴァイオリンのための第14集や最新作の第17集、第18集を収録。
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30年近くまえに制作した「ラジエーテッド・フォーリング」がCDとしてよみがえる。この作品は、1980年に六本木のアートセンターで映像作家の内山昭太郎さんとのコラボレーション、1975年に作曲した「フォーリング・スケール」に基づいたもの、バッハの「フーガの技法」からの単純フーガに基づくテープ作品のソノシート音源とともに未発表のバージョンを一緒にしてOmega Point電子音楽専門のレーベルからCD化された。
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「音律」という"音の基準"をめぐる思考を通 して、古代ギリシャの理論や、純正調、ミーントーン、ウェル・テンペラメントなどの西欧の変遷、古代中国における社会性、西アジアの音楽などにみられる響きと感性の相互作用が明らかにされる。また、近代音楽が採用した「平均律」の問題点を浮き彫りにしながら、純正調などの音律のあらたな可能性について、パーチ、ハリソンたちのアメリカ実験作曲家や著者の実践を通 して語られている。

90年代における著者の実践的な体験に基づきながら、「理論編」のなかで、実験的な音律、サウンドアート、ジョン・ケージ以後の音楽の方向などの論考や、13人のアメリカの実験的な作曲家の足跡、さらに「実践編」のなかでは、著者自身の作曲の方法論、美術家や身体表現者たちとの横断的なコラボレーションのプロセスが明らかにされる。そして、「聴く」という行為に根ざしたあらたな音楽表現の可能性が示唆されている。
「植物文様」シリーズからピアノ作品が曲集としてまとめられた。この楽譜出版にあわせてCDも音楽之友社からリリースされた。

国立劇場からの2つの委嘱作品。古代楽器や声明によりさまざまな図形楽譜が用いられている。また、CDも添付されている。

音楽とは、音を感じることの喜びであり、また、耳の欲望のあらわれでもある。音律という存在は、まさに、このような音の喜びや耳の欲望を「音の作法」というかたちで具体化したものだといえるだろう。音楽とは、音を感じることの喜びであり、また、耳の欲望のあらわれでもある。音律という存在は、まさに、このような音の喜びや耳の欲望を「音の作法」というかたちで具体化したものだといえるだろう。